47年、ひとつのまちで弓を売る
東北エンゼル
仙台に、アーチェリー専門店がある。
仙台朝市にあるビルの一角に構える株式会社東北エンゼルは、今年で47年目を迎えた。
弦を巻き、矢羽を貼り、一本一本を手で仕上げる。
派手な看板はない。広告らしい広告も出していない。それでも、東北の学校や選手たちは、この店を頼りにしてきた。
代表の前川雅俊さんは、静かに話す。
「47年続いてきたということは、まあ、いいのかなっていうところですかね」
仙台を、選んだ。
前川さんが店を開いたのは26歳のときだった。
大学の体育学部を卒業し、教師を目指したが採用試験には届かなかった。その後、アーチェリー用品を扱う会社で営業マンとして1年半ほど働き、独立を決意した。
なぜ仙台だったのか。
「札幌にはすでに1軒あったので、2軒は難しいと思っていました。関西や関東は競合が多い。それだったら、まだ誰もいないところにと思って。仙台には1軒もなかったので、ここだなと」
当時26歳。独身だった。「ダメになったらダメになったらいい、そういう気持ちもありましたね」。
後から聞いた話によると、もし前川さんが先に出店していなければ、別の会社が仙台に進出していたかもしれないという。数か月の差だったらしい。
学校と、長く付き合う。
開業当初、仙台市内には東北学院大学、東北大学、宮城大学などのアーチェリー部が集まっていた。前川さんはその部活の新歓に呼ばれ、学生たちとの繋がりをつくっていった。ファックスで注文を受け、セットを組み、届ける。それが長年の商いの形だった。
「先生が変わったら、もうやめるっていう付き合いもあるんですよね。自分がやってるから買ってくれているという部分もあって」
商品を売るだけでなく、弓具の調整や矢の修理もこの店で行ってきた。アルミ矢の時代は曲がりを直す仕事が多く、客が頻繁に訪れた。カーボン素材が主流になってからは修理より買い替えが増え、来店の頻度は変わった。それでも、関係性のある客は相談を持ち込んでくる。
「どこかの方が安いけど、ちょっと迷っているんですよ、と言ってくれる人がいる。そういう人は、やっぱり嬉しいですね」
一本の矢にかけるもの。
前川さんが手掛ける矢は、すべて自分の手を経る。下地の処理、接着剤の選定、乾燥までの時間。どれひとつ、省くことはない。
「1本でも緩んでいると、買ってくれなくなってしまうので。そこは気を遣いますね」
安く売ることには、慎重だ。「1人1人、体格も技術も違いますから。誰にでも同じものを渡せるわけではないんです」
最もうれしい瞬間を聞いた。
「この矢にしてよかった、と言ってもらえた時ですね。自分で作ったものを使ってくれて、点数が出てきたとか。それが一番です」
引き継ぐということ。
後継者について聞くと、前川さんは少し間を置いた。
「もしやりたいという人がいれば、渡してもいいとは思っています。ただ、自分がやってきたから続いてきた部分もある。技術は教えられますが、人との繋がりはゼロから作らないといけない」
どんな人に来てほしいか。
「まず若くないといけません。長く続けることが前提ですから。それと、技術よりも営業の感覚を持っている人の方が、むしろ向いているかもしれません。こだわりがあって、自分でアレンジしていける人がいい。教わったことをそのまま守るだけじゃなく、自分だったらこうするという気持ちを持てる人」
「生半可な気持ちでは続かない」という言葉が、静かに残った。
奥は、深い。
47年前、競合のいない土地を選び、26歳で店を開いた。その選択が正しかったかどうかは、今も言い切らない。ただ、積み重ねてきた時間と関係性が、この店をここまで続けさせてきたことは確かだ。
「道具を見て、試して、上手い人のものを見せてもらう。自分はどうかなって考え続けることが大事だと思っています。アーチェリーは、ただ打てばいいというものではないので」
弓を引く人間も、弓を作る人間も、問い続ける。
それが、47年をひとつの場所で続けることのできた理由なのかもしれない。
この仕事に、関心のある方へ。
株式会社東北エンゼルでは、ともに働く仲間、あるいはこの仕事を引き継いでくれる方を探しています。アーチェリーの専門知識よりも、人と長く付き合う覚悟と、自分なりのこだわりを持てる方を求めています。関心のある方は、お気軽にお問い合わせください。
取材・文:前川雅尚(hito-koto)
撮影:前川雅尚
応募要件
・アーチェリー経験不問
・アーチェリーの専門知識よりも、人と長く付き合う覚悟
・自分なりのこだわりを持てる方